【東北ゆかりの本】『桃を煮るひと』(くどうれいん著)~日常に追われ、おざなりになっていた「食べること」の豊かさや楽しさを思い出させてくれた一冊

ここ一ヶ月ほど、仕事やプライベートで忙しいことが重なっていた。なぜ、忙しいのって重なるんだろう。

帰り道、夕食の買い物にスーパーに寄るものの、頭がボーっとして食べたいものすら思いつかない。

結局は「○○の素」を使って作れるような炒め物と、お惣菜のサラダ、「豚汁の具」を使った味噌汁のワンパターンの献立を繰り返す日々。

さらに調理の過程をショートカットしているのに、火を通すことすら億劫になっていた。

毎日、家に着くと体が重だるく感じる。「作って食べる時間があったら、早く寝たい」と思うほどだった。同居人がいなければ、すぐ食べられるお菓子やカップラーメンを夕食にしていたかもしれない。

そんな時に読んだのが、くどうれいんさんの『桃を煮るひと』だった。

6月に出版されたばかりの新刊で、『わたしを空腹にしないほうがよい』以来5年ぶりの食エッセイである。

わたしはくどうさんの作品が大好きなので、発売前からとても楽しみにしていた。手に入れると、すき間時間を使って読んだ。料理は億劫だが、読書は楽しい。

ミシマ社webサイトより

なぜ、わたしは、くどうさんの作品に惹かれるのだろうか。

同じ東北の人として親近感を感じるというのがひとつの理由だけど…それだけではない。彼女の細やか、かつ鋭いな観察眼と、表現力だ。


彼女のエッセイを読むと、何気ない日常生活を掬い取った豊かな表現、にハッとさせられることが多い。平坦な日常のひとコマが、彼女の手にかかるとドラマのように思える。魔法のよう。

食べ物のエッセイでは、写真が1枚もないにもかかわらず、文章だけでお腹がすいてくるくらい。

例えば『桃を煮る人』収録の「瓶ウニ」。特に食欲をそそられたエッセイだ。

瓶ウニとは、採れたてのウニを牛乳瓶に入れて売っているものだ。岩手県沿岸の夏の風物詩といわれ、私も岩手の祖母の家で、食べた記憶がある。

瓶ウニをご飯にのせた「ウニ丼」を食べたときのことをくどうさんは、次のように書いている。

甘みと深いうまみが一瞬にして駆け巡り、最後に海の風を浴びたようなほんのすこしの磯の味がする。空のれんげを持ったまま椅子の背もたれにからだを預け、降参です。と思う。なんて贅沢なと思いながら次々に食べ進めてしまい、一瞬で完食してしまう。

『桃を煮るひと』より引用

その文章で、私自身が瓶ウニを食べたときに感じた、「ほのかな甘みと磯の味」を思い出した。

当時の私は、これまでに食べたことのない、新鮮なウニの美味しさに「ああ、美味しい、幸せ、もっと食べたいなぁ」という感情で一杯だった。

なので美味しさを感じながらも、味を事細かに表現できるくどうさんの表現力を改めて素晴らしいと思った。

本書には、他にも様々な食のエッセイが収録されている。食の味だけではなく、背景となるエピソードでは、くどうさんの日常や、身近な人たちとのやりとりが描かれている。

読んでいると、食べることは生活することなんだ、生きることにつながっているんだとつくづく思った。食事は、ただ食べ物を口にするだけではない。そこから広がる日常のドラマがあるのだ。

『桃を煮るひと』を読み終えた後、無性に料理をしたくなった。

時刻は21時。蒸し暑い夜だった。食べるなら酸っぱいものがいい。

そこで本に載っていた「もずく酢のサラダ」を作ってみた。低カロリーなのと、手軽に作れそうだったから。

材料はもやし1袋、きゅうり1本、もずく酢3パック。奇跡的に冷蔵庫に材料が揃っていた。茹でたもやしに千切りにしたキュウリともずく酢を和えると完成だ。

口にした途端、野菜のシャキシャキとした歯ごたえ、スッキリとした酸味によって、体がしゃきっとした。もずくのぬめりが絡むのが何とも心地よい。

こりや、夏の間の定番メニューになりそうだ。

『桃を煮るひと』を読み、日々の食生活をおざなりにしていたことに気がついた。そして「食」の豊かさや楽しさを思い出させてくれた。これからは、忙しくても食べることを大切にしていきたいと思った。

2 COMMENTS

kyoko miyazaki

毎日、ご飯を作るのが億劫だし、ワンパターンです。
この本を読んでからの食に対する思いの変化が書かれてるので、ぜひ、読んでみたくなりました。もずく酢のサラダも、簡単で美味しそう。こんなふうに軽やかに料理してみたいです。

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すずき・ちえ

kyoko様
コメントありがとうございます!
返信が遅くなってすみません。
毎日ご飯を作るのが億劫、ワンパターンになる、に激しく共感した私です 笑
くどうさんのように料理を楽しめるといいのになーと思います。

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